リード(要約)
日機装が開発した新しい細胞培養装置は、培地交換や搬送を担うロボットをそれぞれ異なる空気清浄度の環境に分けて配置することで、衛生管理と作業効率の両立を実現する。再生医療や創薬などの分野で、自動化によるスループット向上が求められる中、本技術は今後の細胞製造工程に大きな革新をもたらす可能性がある。
異なる清浄環境での自動作業を実現
日機装が取得した特許(特許第7693963号)は、細胞培養装置の内部を「第1空間」と「第2空間」に分け、それぞれに異なる空気清浄度を適用するという新しい設計思想に基づいている。具体的には、培地の交換作業が行われる第1空間は、国際規格ISOクラス5相当の高い清浄度を保ち、容器の搬送など比較的清浄度要求が低い作業が行われる第2空間は、ISOクラス6〜7とする。
このように環境を区分することで、無菌性が特に重要な操作にはより厳格な環境を用いながら、他の作業においては必要最小限の制御で済ませることができる。結果として、クリーンルーム全体にかかるコストや装置の運用負担を抑えつつ、プロセス全体の信頼性を高める狙いがある。
二つのロボットアームが連携して培養を担う
装置内には2種類のロボットアームが設けられている。清浄度の高い第1空間には「第1操作部」として培地交換を担当するロボットが設置され、清浄度がやや劣る第2空間には、細胞培養容器を移動させる「第2操作部」が設置される。これらは可動範囲が部分的に重なっており、ロボット間の連携によってスムーズに作業が進む構造だ。
培地交換ロボットには、マイクロピペットやアスピレーター(吸引機構)など、複数種類のツールが着脱可能に設計されており、工程に応じた柔軟な対応ができるよう工夫されている。さらに、チューブの装着力を補助する機構や、ツールの落下防止プレートなど、細かな安全設計も盛り込まれている。
空気の流れと衛生管理にも独自性
本装置では、清浄な空気を供給するフィルターユニットも、空間ごとに独立して設置されている。第1空間には専用のフィルターを通して外気からクリーンエアを供給し、第2空間にもそれぞれ別のフィルターが設けられている。これにより、空間ごとの空気清浄度を確実に維持し、作業の交差汚染リスクを低減している。
また、空気は上部から下方へ流れる“ダウンフロー”設計となっており、作業中に発生した微粒子や飛沫などが上昇して装置内部に滞留するのを防ぐ設計も取り入れられている。
従来技術との違いと差別化のポイント
従来の細胞培養装置では、すべての作業を単一の清浄環境下で実行するため、装置全体に高い清浄度を維持する必要があり、コストや運用負担が大きかった。今回の日機装の技術では、作業内容ごとに空間を分けて管理することで、合理性と衛生性を両立している。
また、二つのロボットアームの協調制御によって、人的介入を必要とせず、自動で容器の搬送から培地交換まで一貫して実施できる点も、差別化の大きな要素である。これにより、作業の標準化や再現性の向上が期待できる。
製薬・再生医療分野での応用に期待
本技術は、特に再生医療や創薬における細胞製造の自動化需要に合致している。従来は手作業による煩雑な培養作業が主流だったが、無菌性の確保や作業者の技量によるばらつきを抑える目的から、自動化技術の導入が急務となっていた。
日機装のこの装置は、そうした業界のニーズに的確に応えるものであり、今後は医薬品製造のGMP(適正製造基準)対応や、細胞製品の品質管理の厳格化にも貢献が見込まれる。
注釈:
- ISOクラス5/6/7:国際標準化機構によるクリーンルームの空気清浄度の等級。クラス5は非常に高い清浄度を指す。
- アスピレーター:液体を吸い上げる装置。主に培地の吸引・除去に使用される。
- ダウンフロー:空気を上から下へ流す方式。埃や菌の拡散を防ぐ。
- GMP(Good Manufacturing Practice):医薬品や医療機器などの製造に関する品質管理基準。
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