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信越化学工業が開発した新たなリサイクル技術は、電気自動車や省エネ家電の心臓部である希土類磁石の中でも、とりわけ高価で入手難の「重希土類元素」を、製品に近い形で再資源化できる。素材コストと環境負荷を同時に下げる本技術は、脱炭素・資源循環が求められる時代において、先進素材産業のサステナブルな成長を後押しする可能性がある。
高性能磁石に不可欠な「重希土類」を巡る課題
近年、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HEV)の駆動モーター、また空調機器などの省エネ家電において不可欠な部材となっているのが、希土類磁石だ。特に耐熱性能を高めるために添加されるディスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)といった「重希土類元素」は、その重要性が増す一方で、供給の偏在性と価格高騰が問題視されている。
こうした背景から、これら高価格素材をいかに効率よく回収・再利用できるかが、磁石メーカーにとって喫緊の課題となっている。
廃棄物から直接「製品レベルの合金」へ再生
今回の特許技術(特開2022-73669)は、希土類磁石の製造時に発生する電解残渣(ざんさ)——いわば「製造廃棄物」——に含まれる重希土類を、合金として直接回収し、そのまま製品原料として再利用できることが特徴だ。
従来の方法では、残渣からまず酸化物やフッ化物の形で抽出し、さらに何段階もの精製や還元プロセスを経て合金化する必要があった。この工程の長さが、リサイクルコストや不純物混入のリスクを押し上げていた。
信越化学の新技術は、電解残渣に直接フッ化処理を施し、微粉砕した後に磁石用合金と混ぜて加熱溶融。生成された「溶融合金」の中に重希土類を選択的に移し取り、製品レベルの合金としてそのまま再資源化する。
処理プロセスの工夫で「高純度・低コスト」を両立
技術の肝は、残渣をフッ化アムモニウムなどで事前処理する工程にある。この処理により、重希土類が不要な酸素や炭素と結びつくのを防ぎ、合金として抽出されやすい形に整える。さらに、回収された合金の炭素濃度を0.3%以下、酸素濃度を1.0%以下に抑えることで、最終製品の磁気性能の劣化も防止する。
加熱溶解にはアーク炉やプラズマ炉などの汎用設備が利用可能で、既存ラインへの導入も比較的スムーズに行えるとされる。
廃棄物の再資源化で原料調達リスクを回避
本技術のもう一つの特徴は、回収源が非常に広範であることだ。対象となるのは、電解工程の残渣だけでなく、製造工程で生じる焼結体や研削スラッジ、さらには最終製品からの使用済み磁石まで、ほぼ全ての希土類磁石関連廃棄物が含まれる。
これにより、資源採掘や精錬に依存することなく、国内で回収・再資源化のループを完結できる点が評価される。
グリーントランスフォーメーションを支える基盤技術に
脱炭素社会の実現に向け、EVや再エネ関連装置の需要は急拡大している。中でも希土類磁石は、代替素材がほとんど存在しない“不可欠資源”として、安定供給が求められている。
信越化学の技術は、これまで「処理困難な廃棄物」とされていた電解残渣を、製品品質の合金へと一足飛びに変換する点で画期的だ。レアメタルの価格高騰や地政学的リスクが高まる中、企業がサプライチェーンの安定化とサステナビリティを両立させる手段として、注目を集める可能性がある。
用語注釈:
重希土類元素:希土類元素の中でも、ディスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)など特に重い元素。高耐熱性磁石の主要素材。
電解残渣:金属を製造する溶融塩電解工程の後に残る、金属酸化物や炭素などを含む廃棄物。
スラッジ:機械加工時に発生する粉状の金属廃棄物。
フッ化処理:金属を化学的にフッ素化し、精製や抽出を容易にする処理。
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